エジプトを発見する

3000年の長きにわたった古代エジプト文明には少なくとも30の王朝(出身や家系などで分けられた王のグループ)が存在したことが知られており、現代の研究者たちはそれらを大きく初期王朝時代、古王国時代、第1中間期、中王国時代、第2中間期、新王国時代、第3中間期、後期王朝時代、グレコ・ローマン時代という9つの時代に区分しています。

本章では、統一王朝出現前の先王朝時代をあわせた計10の時代につき、代表的な様式の石碑や遺物を通じて当時の世界観や技術の発展などを概観しながら、エジプト文明のさまざまな時代がどのようにして発見、認識されているのかを紹介します。


  • 先王朝時代

    前6000年 - 前2900年頃

    「ワニの描かれた埦」 先王朝時代(高さ6cm、径18.5cm)
    「ワニの描かれた埦」
    先王朝時代(高さ6cm、径18.5cm)
  • 初期王朝時代

    第1 - 2王朝
    前2900年 - 前2590年頃

    「ペルイブセン王の封泥が記された土器の栓」 初期王朝時代(高さ18.5cm、径12cm)
    「ペルイブセン王の封泥が記された土器の栓」
    初期王朝時代(高さ18.5cm、径12cm)
  • 古王国時代

    第3 - 8王朝
    前2592年 - 前2118年頃

    「ネフェルエンクフの偽扉上部」 古王国時代(高さ80cm、幅122cm、厚さ20.5cm)
    「ネフェルエンクフの偽扉上部」
    古王国時代(高さ80cm、幅122cm、厚さ20.5cm)
    前3000〜2900年頃に統一王朝が出現するまでの間は、土器などに描かれた動植物などが豊穣や再生といった呪術的な意味を示していました。文字の本格的な使用は続く初期王朝時代からで、人名や官職、供物リストなどの表記に用いられました。
  • 第1中間期

    第9 - 10王朝
    前2118年 - 前1980年頃

    「名前不詳の供養碑」 第1中間期(高さ40cm、幅23cm、厚さ6.6cm)
    「名前不詳の供養碑」
    第1中間期(高さ40cm、幅23cm、厚さ6.6cm)
  • 中王国時代

    第11 - 12王朝
    前1980年 - 前1760年頃

    「クウと家族の供養碑」 中王国時代(高さ38cm、幅50cm、厚さ6cm)
    「クウと家族の供養碑」
    中王国時代(高さ38cm、幅50cm、厚さ6cm)
    前2100年頃に崩壊した古王国時代末期には地方の君主が力をつけ、第1中間期になると美術の規範や文字の表記もスタイルが崩れました。一転して中王国時代には流麗なスタイルが流行し、後代にも影響を与えました。
  • 第2中間期

    第13 - 17王朝
    前1759年 - 前1539年頃

    「カーメスとセネブセンの石碑」 第2中間期(高さ49cm、幅31.5cm、厚さ7.5cm)
    「カーメスとセネブセンの石碑」
    第2中間期(高さ49cm、幅31.5cm、厚さ7.5cm)
  • 新王国時代

    第18 - 20王朝
    前1539年 - 前1077年頃

    「フイの石碑」 新王国時代(高さ147cm、幅89cm、厚さ11cm)
    「フイの石碑」
    新王国時代(高さ147cm、幅89cm、厚さ11cm)
    ヒクソスなどの対外勢力を駆逐して国土の統一を果たした新王国時代には、人物表現や衣装の細部が表現されるとともに家族一人ひとりの情報も詳しく記されました。
    太陽崇拝の影響が有翼日輪にも見られます。
  • 第3中間期

    第21 - 24王朝
    前1076年 - 前723年頃

    「パマアエフの碑」 第3中間期(高さ28cm、幅23.5cm、厚さ3.1cm)
    「パマアエフの碑」
    第3中間期(高さ28cm、幅23.5cm、厚さ3.1cm)
  • 後期王朝時代

    第25 - 30王朝並びに
    第2次ペルシア支配
    前722年頃 - 前332年

    「呪術テキストが記された彫像の断片」 後期王朝時代(高さ12cm、幅15cm、奥行32cm)
    「呪術テキストが記された彫像の断片」
    後期王朝時代(高さ12cm、幅15cm、奥行32cm)
  • グレコ・
    ローマン時代

    前332年 - 後395年

    「イシスの像」 グレコ・ローマン時代(高さ103.5cm、幅25.5cm、奥行15cm)
    「イシスの像」
    グレコ・ローマン時代(高さ103.5cm、幅25.5cm、奥行15cm)
    前1000年頃からはリビア人や海の民、ヌビア人などさまざまな外国勢力の侵入を受けました。
    彼らの多くは伝統的なエジプトの様式で文字や美術を表現しましたが、グレコ・ローマン時代に入るとギリシアなどの影響を強く受けた美術様式が主流となりました。

エジプト人の宗教

古代のエジプトは多神教で、何百もの神々が存在しました。冥界の主オシリス神やその妹で妻でもあったイシス神といった人の姿を採る神もいれば、知恵の神トトや王の守護神ホルスのように頭が動物で身体が人間の半神半獣の神や、ナイル川の神ハピのように人頭に植物を載せた神もいます。
ナイル川の氾濫や動植物などの豊富な自然は、エジプトの繁栄は神々によるものとの意識を人びとに抱かせ、多様な神々を産み出しました。主要な神々は神殿に像として安置され、神官は油を塗ったり服を着せるなどの世話をしました。
王は一般に神と人間の中間的な存在とされ、両者の仲を取り持つ役割を果たしました。

「プタハイルディスが奉献した神官の小像」 後期王朝時代(高さ7.1cm、幅2.7cm、奥行2.9cm)
「プタハイルディスが奉献した神官の小像」
後期王朝時代もしくはプトレマイオス期(高さ7.1cm、幅2.7cm、奥行2.9cm)
「トト神の像」 後期王朝時代(高さ4.8cm、幅1.4cm、奥行2cm)
「トト神の像」
後期王朝時代(高さ4.8cm、幅1.4cm、奥行2cm)

イシスとオシリス

オシリスは冥界の神で、神話によれば弟のセトに殺された王であったものの、妹であり妻でもあったイシスの助けで復活し、現世の王となるホルスをイシスとの間にもうけ自らは冥界の主となりました。
第1中間期には死者は誰もがオシリスになると考えられるようになり、以降、葬祭文書などにはオシリスやイシスが死者を迎える姿がよく表されました。

「パディコンスの『死者の書』(部分)」 第3中間期(縦24.5cm、横61.2cm)
「パディコンスの『死者の書』(部分)」
第3中間期(縦24.5cm、横61.2cm)
イシス神 オシリス神 イシス神 オシリス神

動物の神々

古代エジプト人は一部の神が動物の姿をとると見なし、後期王朝時代とグレコ・ローマン時代にはさまざまな種類の動物が特定の神へミイラとして奉納されました。たとえば、エジプトマングースのイクニューモンは、邪悪なヘビを退治することから、聖獣とされていました。
動物の特徴がそのまま神の性格となることも多く、とりわけ文明の後半には関連する多くの遺物が発見されています。

「猫の像」 後期王朝時代(高さ40.5cm、幅10cm、奥行22.5cm)
「猫の像」
後期王朝時代(高さ40.5cm、幅10cm、奥行22.5cm)
「イクニューモン」 後期王朝時代(高さ26.8cm、幅6.8cm、奥行9.4cm)
「イクニューモン」
後期王朝時代(高さ26.8cm、幅6.8cm、奥行9.4cm)